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Channel: 欲望日記
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no title 22

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がぁん、と頭を殴られた気がした。

アイジン―? 

あまりに唐突なさやかの言葉が、まるで聞き
慣れない外国語のように耳に響く。

「あの子、お金を貰って愛人やってるのよ。
じゃなきゃ風俗ね。賭けてもいいわ―。」

愛人、風俗―あの楚々とした風情の亜矢には
どちらもあまりに似つかわしくない言葉だった。

「何、言ってるんだよ。ありえない。」

あまりのバカバカしさに、竜之介はそう吐き
捨てるように言った。

しかしそんな竜之介をあざ笑うようにさやか
は続ける。

「あの子の持ち物見てたら、普通じゃないっ
て分かるわよ。男には分からないのかもし
れないけどね。親がよほどの金持ちでもない
かぎり、喫茶店のバイトしかしてない普通の
大学生が100万円近くする腕時計なんて、持
てるもんですか。」

そう言われて竜之介は亜矢がどんな腕時計を
つけていたか思い出そうとしたが、全く記憶に
ない。

さやかの言うとおり、男はえてしてそういったこ
とに鈍感なのかもしれなかった。

「親が金持ちなのかもしれないじゃないか。」

だがしかし、竜之介はそう反論した。
実際は、亜矢の両親の話などしたこともなか
ったが。

「何も知らないくせに、人のことをそうやって
悪く言うなよ!」

自分でも驚くほどの激しい口調が出た。
そんな竜之介を見て、さやかはしらけたよう
に言った。

「あきれた―。カマかけてみただけなのに、
あなた本気であの子のこと好きなんじゃない。」

「そういうわけじゃない。 ただ…。」

「ただ、何なの?」

さやかの目が、いじわるく光る。

竜之介は言葉に詰まった。

正直いうと、亜矢のことは気にはなっていた。

「あなたも、コワイ顔してる。」

初めて会ってそう言われた、あの日から―。

コワイ顔をしている、とは今まで他にも言わ
れたことがなかったわけではない。

だが亜矢は、「あなたも」 と言った。
亜矢の、心を閉ざしたような険しい顔を最初
に指摘したのは自分だが、亜矢はそれを否
定することもなく、俺と同じだと言った。

その言葉に、何かメッセージのようなものが
込められている気がして、それが何なのか知
りたいと思ったのだ。 ただそれだけだ。

(だけどそれは、「好き」とは違う―。)


竜之介はまっすぐにさやかに向き直った。

「…とにかく、あんたがあの子に何の恨みが
あるのか知らないが、根も葉もない人の悪口
は聞きたくないね!」

そう言い捨て竜之介はキッチンを出ていった。

足音も荒く遠ざかってゆく竜之介を見つめな
がら、さやかはつぶやいた。

「何さ、純ぶっちゃって…。」

でも悪くない、そう思いながらタバコを深々
と吸い込み、ふうっ、と煙をその届かない背
中に向かって吹きかける。

(あたしが、あの子の仮面をはいでやるわ―。)

さやかの瞳が、濡れたように熱っぽく光った。



つづく

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